プロ野球の真実

卓話の世界

プロ野球の真実

元プロ野球選手
佐々木 修 様

 私は1962年、昭和37年に広島県呉市で生まれ育ちました。
 呉の街は昔、軍港として栄えた町。今でも海上自衛隊があります。そして、この呉市は初代ミスタータイガースと言われた藤村冨美男さんの出身地なのです。そのミスタータイガースにあこがれた私の父は野球選手を志しますが、夢やぶれその想いを息子の私に託したのです。本格的にトレーニングが始まったのは小学生になってから、小学1〜3年生の3年間は新聞配達で足腰を鍛えます。4年生になった時から朝5時に起床、毎日15kmのランニングを1時間30分間!小学校を卒業するまで続けました。
 中学生になってからは夜間練習の始まりです。朝のランニングは無くなりましたが、野球の実践練習スタートです。本格的にトレーニングを始めて9年が過ぎた15才の時、元プロ野球選手に私の投球を観てもらうチャンスがあったのです。そして、そのプロ野球選手から吐露された言葉は「この子は野球のセンスが無い!」という残酷なものでした。しかし父親は夢を諦めず高校生活も野球の毎日。人生2度目のターニングポイントは高校2年の夏、遠征メンバーから外された私は野球部を退部してしまうのです。しかしながら監督に説得されて部活に復帰、高校3年最後の夏はエースになる事が出来ましたが、4対11のコールド負け。なかなか結果の出ない私はそれでも野球を続けます。地元の大学、近畿大学の呉工学部に進学して、野球部に入部、これまでにこなして来た練習量と結果が伴ってきたのは20才の頃、やっと野球が楽しいスポーツになったのです。大学4年生になり全国大会で準優勝、プロにも認められ、ドラフト1位!父親の夢そして家族の夢が叶った瞬間です。
 15才の時、私に「野球センスが無い」と言った元プロ野球選手を今でも探しています。「一言」言わせて頂きたい、「あなたには、センスを見抜くセンスが無い!」と。
 生まれながらの「才能」それは否定出来ません。ただ、「諦めない才能」が大事だと感じています。皆様もその才能をお持ちだと、信じております。

最近の記事

  1. 【第37回吹田産業フェア2022が開催されます】

  2. 【吹田ロータリークラブ・ゴルフ同好会第3回コンペが開催されました】

  3. 【児童養護施設・社会福祉法人・大阪西本願寺・常照園様への防犯カメラ一式贈呈式が開催されました】

TOP