卓話 2019年08月08日

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楽しい日本語・不思議な日本語 役割語について


大阪大学大学院 文学研究科 教授
金水 敏 様

 日本語のフィクションの会話文には、話し手の特徴によってかなり決まった話し方が予測される場合がある。例えば「そうじゃ、ワシが知っておるんじゃ」と言えば老人、「そうですわ、わたくしが存じておりますわ」と言えば良家のお嬢様や奥様、といった具合である。このように、話し手の属性を推測させる話し方のヴァリエーションを「役割語」と呼ぶ。
 役割語は、金水が2000年に公表した論文で初めてその概念を提出したもので、2003年には一般向け図書『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店)によって多くの方に知られるところとなった。その後、論文集2冊、シンポジウム記録2冊、辞書1冊などが刊行されている。
 役割語は日本語には豊富なヴァリエーションが認められ、さまざまなフィクションで盛んに用いられている。役割語を利用することによって、話し手の人物像を説明無しに受け手に伝えることができるので、作り手にとっては大変便利なツールであると言える。特に日本語の場合は、「ぼく」 「おれ」 「あたし」 「あっし」 「おいら」等々の1人称代名詞や、「知ってるよ」 「知ってるさ」 「知ってるぜ」 「知ってるわ」等、文末の終助詞等の単語の選択によって役割語の表現が容易に出来る。この点は、マンガ・アニメのみならず、歌舞伎、文楽、落語、浪曲、講談等、伝統芸能にとっても大きな特徴となっている。
 日本語以外の言語でも役割語の存在は認められる。特に方言話者や外国人話者の表現などで顕著に見られる。しかし日本語ほど容易に役割語によって人物像を表現仕分けられる言語はあまり多くない。
 これまでに、日本人学生だけでなく、中国、韓国、アメリカ、スウェーデン、タイ等の外国から役割語を研究するために留学生が私のもとに集まってきており、また博士論文・修士論文もいくつも書かれている。特に外国人にとっては、日本語のマンガ・アニメなど、ポピュラーカルチャー作品の翻訳を通じて役割語に興味を持つケースが目立つ。また村上春樹など、世界の多くの地域・言語で翻訳される作家の作品についても、役割語的な表現を中心に翻訳の実態を調査するプロジェクトを立ち上げて報告書も刊行しているところである。