卓話 2018年09月13日

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ドクターカーの必要性


NPO法人 ジャパンハート 最高顧問
吉岡 秀人 様

 海外医療を始めたのは1995年。これはちょうど戦後50年の年。
 ビルマ戦線で30万人が従軍し、20万人が戦死しました。
 その遺族の方々が慰霊団としてミャンマーに毎年訪れており、戦後50年のとき、吉岡を見つけ出し、同行依頼があり、初めてミャンマーに足を踏み入れる。
 イギリスに追われてインドの国境から逃げ帰った日本人たちが、ビルマ人たちに匿われます。そして数万人単位の日本人が生き延びて帰ってくることができました。
 日本人は、この国の名もない農民の人たちに本当に助けられたんだなと感じ、一人の日本人として、今は貧しくなって非常に社会情勢の厳しいこの国の人たちのために何かしてあげることが、新たな慰霊の形だと考え、日本の代表として僕が何かやらなきゃならないという自覚のもと、この地に留まることにし、20数年経った今でも同じ思いで医療活動を続けている。
 2004年にジャパンハートを設立。
 現在、ミャンマー・カンボジア・ラオスで主に外科手術活動を中心に活動を行っている。これまで、海外の地でがんを患った方の治療を行うことは出来なかった。
 日本では年間2,500~3,000人もの小児がんの子どもが存在する。ミャンマーでも、おそらく同じだけ、またはそれ以上に小児がんの子どもが存在する。白血病や脳腫瘍、肝臓、腎臓、神経など、いろんな種類の疾患がある。小児がんで最も多い白血病に関してはその内40%程度。日本では治療をすることで80%もの子どもたちが助かっている。
 しかし、現状としてはミャンマーではほぼ全滅している。(お金のある家庭ではタイで治療を受けている。)
 僕が考えるドクターカーとは・・・
 日本では、主に救急医療のために使用。例えば心筋梗塞の患者さんを早急に病院へ運び、治療を行う。ミャンマーでは、もし心筋梗塞の患者さんを見つけることが出来たとしても、運ぶ病院が無い。そして、道路も砂地であり、雨季になると、車で移動することすら困難なこともある。
 また交通事故などもよくあるが、外傷を負った人には誰も触れることが出来ず、警察が来るまで運ぶことは困難。(検証のため)こんな状態で日本のようなドクターカーを取り入れても活用が出来ない。
 ドクターカーとしての役割は、
・医療の届かない場所に住む、または貧困を理由に医療を受けることが出来なかった子どもたちを見つけに行くこと。そして彼らに医療を届けること。出会った小児がんの子は、これまで日本に連れてきていたが、一度に多くの人を救うことは出来ない。ジャパンハートは2016年5月にカンボジアに病院(AAMC)を設立。
 また2018年8月には小児医療センターを開設し、現在小児がんの子どもたちに抗がん剤の治療を開始している。
 このカンボジアの病院にミャンマーやラオスからドクターカーを使って見つけ出した子どもたちを連れて行き、医療をする。
・ドクターカーには、心電図やエコー(超音波)、採血機械のほか、医療者を乗せて、様々な地域の人々の診察を行い、予防医療も含めて実施していく。心筋梗塞のような緊急性のあるものではなく、悪くなる前に発見し、早い段階で治療を行っていくことはできる。
 このような形で、子どもたち含めて発見し、ぼくらが作った病院へ。0%だったものが、これで助かる子どもが年間何百人、何千人助けられる。ぼくら一人では無理ですが、誰かが始めたらついてきますから。みなさんからもらった車で沢山の子どもたちを助けることができる。そして、これをやったことで必ず誇りに思ってくれる。結果を残してまた報告しにきます。
 20万人の日本兵がミャンマーの地で亡くなっている。同じ数の患者のいのちを、生活を救うまで、この医療を終えることは無い。